はぐれ者の単騎特攻

ニチアサや読書について書くはずです

2023年 上半期の本10冊

ついこの間始まった2023年も早くも半分が過ぎ去ろうとしています(過ぎ去りました)。皆さんは有意義な半年を過ごせましたか?私は……私は……

 

 

 

・終末少女 古野まほろ

この巨編ミステリーについては三部作まとめての感想を書いたのでそちらを読んでほしい。

 

tyudo-n.hatenablog.com

 

反復される前提条件の提示から思いもよらない真相を暴き出す手つきの愚直さが強く印象に残っている。上掲の記事では総合的な評価で終末少女を一番に推しているが解決編の面白さでは征服少女に軍配が上がる。

 

・野川 古井由吉

複雑で読みやすいとは言いがたい文章に分けいると一人の老人の中で生起する重層的な時間を追体験することになる。正直に言っていわゆるリーダビリティの高い文ではないので入り込めないときには全く入り込めなかったが、反対に一度入り込んでしまうと妙に没頭してしまう不思議な文章だった。

過去と現在を行き来する想念はとめどなく、いつどこで終わってもかまわないような話に見えてしっかりと終わらせているのが凄い。うまくオチを付けたというのではないけど「これで終わりなんだ」と感慨深く思いながら本を閉じた。

 

・俺が公園でペリカンにした話 平山夢明

平山夢明がグロテスクで品がない話を得意としている作家と知っていてなおブレーキを外すとここまで行けるのかという新鮮な驚きがある。ヒッチハイカーの男が流れ着いた先で信じられないような狂気に遭遇してしまう短編を20本並べた構成自体も狂気じみているが一本一本の中身が本当に酷いのだ。死なせてしまった女性への償いのために母親を称して遺族の家庭に上がり込む男性や、目の見えない人に名作映画と偽り音声を差し替えたポルノ映画を見せる男性などがわんさか出てくる。

狂気に圧倒されながら読み進めていると思わぬ風刺も飛び出してくるので油断ならない。「ヤトーを待ちながら」は不条理劇として有名なゴドーを待ちながら(見たことないのに知ったようなことをいってみる)を下敷きにしながらゴドーと野党をかけた言葉遊びで日本の現状をこれでもかと笑いのめすのだ。おすすめ。

 

・書楼弔堂 待宵  京極夏彦

戦後の東京を舞台にした「姑獲鳥の夏」でデビューした京極夏彦はこれまでシリーズを超えて作品をリンクさせることで江戸時代後期(幕末)から近未来(2030年代)を繋ぐ巨大なネットワークを生みだしてきた。明治時代末期を舞台とするこの「書楼弔堂待宵」によってとうとうそのネットワークの寸断がなくなったような感覚がある。とは言っても大正時代は手つかずのままだが大正年間は短いので実は空白としてはそれほど大きくないと思う。

現在連載中の病葉草紙では前巷説以前の時代にも触れているしあとは鵼さえでてくれればなあ。

ここまで本書の内容には触れていないけれど当然面白かった。本にまつわる蘊蓄や明治時代の(今は廃れた)職業を京極夏彦の文章で流しこまれるだけで面白い。ストーリーも良いけど僕にとって京極夏彦とはストーリー云々でジャッジを下せる存在ではないのだ。

 

・アラビアの夜の種族 古川日出男

古川日出男が送る四冊目の著書は作者不詳の謎の本「The Arabian Nightbreeds」の日本語訳。

エジプト侵略をもくろむナポレオンに武力を以て抗するのではなく読者を引きずり込んでしまうほどの面白い本によって抗しようという奇想を実現させるべくエジプトの闇の中で前代未聞の物語が書き留められていく……。

ナポレオンに届けるために書かれる物語と侵略に揺れ動くエジプトが交互に描かれるこの総体が「アラビアの夜の種族」だが読者をより強く引きつけるのは作中作だろう。それぞれに魅力的な出自を持った三人の主人公の面白さや、夢を模し無限に増殖を続ける迷宮などの面白さは正に読者を引きずり込んでしまうほどだ。

であればエジプトパートはいらないのかといえばそんなことはなく、これはネタバレになってしまうため言えないがヒントだけでも言うと純然たる古川日出男の創作物である本書を訳書であるように擬したことも関わってくる。

 

・五匹の子豚 アガサ・クリスティ

自分の不見識を棚に上げるようで恐縮だがアガサ・クリスティといえば「アクロイド殺し」や「そして誰もいなくなった」、「ABC殺人事件」あたりは誰もが知る傑作として有名だが裏を返すとその他の作品はあまり知られていないイメージがある。だが最近マイナーな作品を取り上げて激賞する論者を複数見たことで「そんなにいうなら読んでみようか」と「五匹の子豚」を手に取ってみた。

 

過去の殺人事件をポアロによる五人の関係者への地道な聞き込みで解きほぐしていく。五人の中に潜むであろう犯人の偽証をもつれ合った証言の中で見抜くことができるのか。

5つの目線で語られた殺人事件がポアロの頭脳を通して思いもよらぬ形で統合されていくクライマックスは確かに素晴らしくミステリの女王の異名は伊達じゃないと思い知らされた。

今更ながら指さす標識の事例がアガサクリスティ×薔薇の名前を謳っていた理由も分かった。

 

・草の花 福永武彦

受け入れられることのない愛を抱え込んでしまった男性を描くこの小説には、夏目漱石が「こゝろ」の中で失われてしまったと嘆いてみせた(よね?)真面目さというものが息づいている。

二度恋に破れることになる主人公は二度目に愛した女性がキリスト教者であることから幾度か愛や神について語り合うが、その会話は観念的ながら互いを理解しよう/理解してもらおうとする切実さに溢れていて読み応えがあった。

 

だが私が一番胸を打たれたのは、初めに愛した忍少年と周囲から切り離された湖の中で一瞬だけ交わされる心のこもった会話だ。ここはとても美しく、この情景を表紙にチョイスした新潮社は話が分かるやつだと分かった。

 

・同志少女よ、敵を撃て 逢坂冬馬

一昨年くらいから話題になっていた小説を今更ながら読んでみた。戦争が作りだす異常な環境がいかに人間を苦しめ、また人間性を磨耗させていくのかを克明に描いて重い。

それをエンタメとして読ませるためにキャラクターは分かりやすい性格付けになっているきらいがあって好き嫌いが分かれるだろうが私は好き。私はやっぱりオリガが好きかな。誰にも見通せない内面につい思いを馳せてしまう。

セラフィマが最後に「敵」を撃ったことがあまりに苛烈すぎないかという意見もありそうだけどアレは割と鬼滅の刃的な文脈というか後戻りできない一線をわずかでも踏み越えた以上は引導を渡すのがせめてもの慈悲という話なんだと思う。

 

・化石少女と七つの冒険 麻耶雄嵩

こちらもネタバレ込みの感想を書いている。割と力作でよく書けたんじゃないかと思っているがあまり反応がなく寂しい。

 

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しかし手応えの有無を反応の有無で上書きしてしまうようならこんな不人気ブログはたたんでしまった方がマシだ。

話がそれてしまったがこの本は最高で前作を微妙だと感じた人にも是非読んでほしい。本当に凄いから。

 

・機龍警察自爆条項[完全版] 月村了衛

機龍警察シリーズの第二作。間を開けて読むとどうしても登場人物の配置を忘れてしまうので次作以降は一気に読もうと考えて早半年……反省します。

今回はライザ・ラードナーの過去編だったが、彼女が過去に絡め取られていくように暗殺者へとなってしまうのは読んでいて非常につらかった。しかしこのようなくすぶっている過去が世界中に残る限り機龍警察の戦いは続いていくのだろう。

 

前作の感想はこちら

tyudo-n.hatenablog.com