はぐれ者の単騎特攻

ニチアサや読書について書くはずです

2022年の下半期10冊

半年に一度の当ブログの恒例記事でございます。毎度書き始めるたび「さてこの半年どんな本を読んだかな」と思い返すのですが案外出てこないもので「読書記録を書いておけば良かったな」と後悔を始めてしまいます。日頃記録を怠っている自分を擁護する訳ではありませんがだからこそ半年に一度この記事を書く意味もあるのかも知れません。

 

 

 

・僕が答える君の謎解き 明神凛音は間違えない

推理小説の1つのサブジャンルとして「逆算推理もの」というものがあるなと最近思っている。まだ煮詰まっているわけではないのだが定義を暫定的にあげるなら「(超常的な)力で獲得された真相に折り合いがつくような推理をひねり出す」推理小説となるが、これだけでは分かりにくいので具体例をあげると「さよなら神様」や「medium 霊媒探偵城塚翡翠」、(未読だが)「スノーホワイト」、ややひねった変化球としては「虚構推理」等になる。

 

この「僕が答える君の謎解き 明神凛音は間違えない」も逆算推理ものだ。あまりに頭の回転が速いために真相が直感的に分かってしまい、推理の過程を自分でも認識できずに他人からも「真相」を受け取ってもらえない明神凛音の推理を弁護士志望の伊呂波透矢が推理する。

逆算推理ものではその特性上探偵の分業が発生する。それを探偵の倫理的な責任やラブコメに落とし込んでいるのがかなり良かったのではないか。

 

続編の「僕が答える君の謎解き2 その肩を抱く覚悟」が傑作との評判なのだが身近な書店や図書館においてないので困っている。

 

・機龍警察

前々から気になっていた小説で期待に違わず面白かった。

タイトルにある「機龍」とはメカゴジラのことではなく小型(関節を折りたためばトラックに積み込める程度の大きさ)の人型ロボット*1を指している。その機龍を擁する警視庁特捜部が未曾有のテロを引き起こしたテロリストと対峙するという話なのだが、このような簡単な要約では取りこぼしてしまうような魅力がこの作品には詰まっている。

 

1つはキャラクター。今作で実質的な主人公と言ってもいい姿俊之は敵からも一目置かれている傭兵で常に飄々とした態度を崩さないもののプロ意識が高く与えられた任務は必ず遂行する。またコーヒーにうるさいが缶コーヒーにも独自の魅力を認め愛飲している。なんぼなんでも盛りすぎなようだが良いものは良い。他にも素敵なキャラクターが大勢いるので是非読んでほしい。

 

次に特捜部という組織。特捜部は設立の経緯から警察内でも白眼視されていて、警察の内にいる敵とも戦わなければならない。さらに特捜部内も閑職に回された意識や同胞からの圧力で決して一枚岩とは言えない。それでも部長の沖津のカリスマと警察官の矜恃でまとめ上げられ困難に向かう姿にはリアリティと格好良さが同居している。

 

最後に、様々な人物の視点から叙述されるこの作品では、警察という風通しが悪い縦社会でそれぞれが感じる居心地の悪さみたいなものが凄くよく書かれている。警察小説にはあまり詳しくはないのだが横山秀夫に比肩するレベルなのではないか。

 

・堕天使拷問刑

22年の下半期では飛鳥部作品をずいぶんと読んだが世評に違わずこれが一番良かった。

推理はあまりにも大胆で真相はあまりにも不敵。作者の趣味が限度を知らずに盛り込まれたこの作品は楽しめる人にとってはこれ以上ないエンターテイメントを提供してくれるはずだ。

どのような要素が含まれているのか確かめる体験も含めて読んでほしいのであまり紹介できないのが歯がゆい。とにかく語り草になるだけのことはあるよとしか言えない。

……そもそも読むための難易度も高く、返す返すもすべての長編が絶版になっていることが惜しまれる。

 

その他の飛鳥部作品の感想はこちらから↓

tyudo-n.hatenablog.com

 

・ワトソン力

連作短編としての組み立て方が非常に面白い。周囲の推理力を飛躍的に上昇させることで全く推理することなく事件解決に寄与するというワンアイデアを軸に様々な事件を描きながら枠物語によって事件の見え方が少しずつ変わっていく過程がスリリング。表紙の緩さや読みやすさで油断すると足下をすくわれるだろう。

こういう派手じゃない作品がもっと評価されるべきだとamazonレビューを見ながら憤ってしまった。問題はあなたたちの目利きですよ。

 

……続編も連載中らしいので刊行されたら読みたい。

この文章を書くにあたって読み返してみたがまあまあ面白いことを言えているんじゃないかなと満足感に浸れた↓

 

tyudo-n.hatenablog.com

・名誉と恍惚

ハードカバーで700P、本質的な情報ではないがその値段税込みで5500円という超大作。

 

日中戦争中の上海で、工部局に勤める警官の芹沢がひょんなことから陰謀に巻き込まれ地位も名前も失う逃亡生活に追い込まれてしまう。戦争の中心というわけでもないが逃れられるわけでもない上海にも一億総動員という言葉に代表されるような全体が個に優越する戦争の論理が忍び寄っていてそれが芹沢を苦しめる。

 

だからといって重苦しいだけの話かと言えばそうではなく、芹沢の目を通して描かれる近代的な装いながらも一本裏路地に入れば怪しげなものがずらりと並ぶ上海の町はとても魅力的で、退廃と爛熟の国際都市の魅力が文章から匂い立ってくる。

終盤で意地からある場に立った芹沢が行うとあるゲームを使った勝負は大きな世界に対比されるあまりに小さな人間のあり方を示しながらも痛快さにも満ちていて長編のクライマックスにふさわしかった。

純文学だけどエンタメです。

 

・湖畔の愛

いくらなんでもメチャクチャ!

文庫の裏に書かれたあらすじでは「笑劇の超恋愛小説」と書かれているけどあまり同意できない。確かにここに収められた3本の内2本で恋愛が取り上げられているが、そこに重点が置かれているようには見えなかったからだ。

真面目に読むなら「ことさらに嘘をつこうとしなくても生まれてしまう言葉と思いの隙間」みたいなものを書いているようでもあるけど、書いてあったとして(書いてなかったとして)だからどうなんだろうと思わざるを得ない。

 

前にも書いたかも知れないけどきっと町田康が好きな人は東京03も好きになれるし逆もしかりだと思う。どちらも美化することなく人間を愛しているので……

 

・誰彼

アパートで発見された首無し死体と出入り不可能な塔での祈祷中に不可解な消失を遂げた新興宗教の教祖を巡る事件に名探偵法月綸太郞の冴えた頭脳が推理を次々構築するもことごとく外れてしまう。

 

首切りによって生じる双子を含めた三兄弟の入れ替わりの可能性は行方不明の三男という「空席」があることで発散するがありとあらゆるパターンにもっともらしい理屈をつけて真相を作る法月は最早名探偵と言うより狂言回しだろう。

 

そういう趣向の作品だと分かって読んだ上で「流石にこれで推理も打ち止めだろう」と思ったところから更なる意外な真実が明かされるので心底驚かされた。

 

・或るエジプト十字架の謎

手がかりの置き方が凄く丁寧で頑張れば犯人を特定できそうな気もするのだが、捻りがあって中々犯人を特定するまでには至らなかった。

 

今回の10冊で挙げた作品は例によってミステリが多くを占めているがその大半が「ヘンなミステリ」でその中では本書のオーソドックスな謎解きが却って新鮮な驚きを与えてくれたと思う。個人的には何気ない描写が犯人特定に直結する「或るフランス白粉の謎」をベストの一本に挙げたい。

 

クイーンの国名シリーズにオマージュを捧げた本作は現在10本中7本までが書き上げられているらしい。続く或るギリシャ棺の謎も読まないと。

 

・少年検閲官

書物とミステリが禁じられた社会で起こる連続殺人。人が人を殺すなど考えられなくなった世界は見方によっては平和だが一方で悪意への想像力を失った世界はひとたび悪意に晒されれば脆い。

実はこの世界にはミステリが失われる直前にその知識を詰め込んだ「ガジェット」と呼ばれる道具が存在し、それを手にしたものは古今の名トリックを自在に操れる。そうした稀な事件に対応するのが検閲官だ。

ガジェットを持っている人物が犯人で検閲官が探偵、それ以外の人は被害者か無力な傍観者という図式が大枠では成り立っているのでうまく表現できないのだが色々なものをふるいに掛けた後で残るミニマムな推理小説といった雰囲気がある。

失われたミステリに対する哀愁など面白く読めた。

 

・写字室の旅/闇の中の男

もしもすべての小説家を様々な主題に手を伸ばし続ける人と1つの主題に様々な角度から光を当て続ける人に分けられるとしたらポール・オースターは間違いなく後者だね。

 

全ての作品を読めたわけではないし、時期ごとのサブテーマのようなものもきっとあるだろうけど彼がデビュー作である「ガラスの街」から一貫して様々な方法で取り上げているのは「物語(ること)」と書いてみても良いと思う。

本書に収録されている二本の中編ではそれが色濃く表れている。特に「写字室の旅」はポール・オースター自身を思わせるミスター・ブランクと彼が世に送り出した登場人物の奇妙な会話と作家の業が強く打ち出されていて、更に彼らを眺める私達自身も作品内に取り込まれるという凄い作品だった。

 

訳者の柴田元幸はあとがきで「大事なのは、ここでのミスター・ブランクとほかの人物達の関係が、現実に我々が自分と他人の間に結んでいる様々な関係とどれだけ響き合うように感じられるかではないか」と言っている。きっとこれは正しい意見なのだが作者が特殊な仕掛けを用意したこともまた事実なので初読であれば素直に仕掛けに身を委ねても良いのではないか。この作品には再読によって異なる顔を覗かせる深みがあるのだから。

tyudo-n.hatenablog.com

*1:厳密にはその中でも時代の水準を飛び越えてしまった特定の機体群