はぐれ者の単騎特攻

ニチアサや読書について書くはずです

2021年上半期の本(小説) ベスト10

昨年の上半期下半期のベスト10はシリーズ作品を一つにまとめてカウントする都合もあって12~13作程度の中から選定していた。この作業は明らかに落とすべき物以外を拾っていけば自然に達成できる物で面白みがなかったが今回は20作ほどの候補から選ぶことになり選ぶ楽しみも味わえた。
ということで早速紹介に入りたい。

ゴランノスポン

町田康の短編集を読むのは初めてだがいやー笑った笑った。ナンセンスな描写は短編でも全く切れ味が衰えない。鼻持ちならない人間、怠惰な人間、傲慢な人間の内面も町田節の饒舌な文章に乗せればユーモアに満ちている。
今手元にあるゴランノスポンをパラパラとめくって引用してみる。

専門外の分野での講演を依頼され、付け焼き刃で乗り切ろうとする場面である。

どういう戦略かというとそれは、DJスタイル、という戦略で、登壇するや、「ポン引き。日本中世におけるポン引き」と絶叫したる後、資料本の一節を朗読する。二頁くらい読んだら、こんだ、別の、本を一頁くらい朗読する。朗読しつつ時折、また別の本の数行をテンポよく挟み込み、また、それを繰り返し読んだり、或いは、本を逆さまに持ち、逆から読むなどする。その間、身体を小刻みに揺すぶり、ときどき感に堪えぬ、といった様子で口を開いて天を仰いだり、目を閉じて頭を振ったり、「タカウジー」「後醍醐さーん」「中世、サイコー」「みんな中世で出会ってるかあ?」と叫ぶなどするのである。

ブンガクって堅苦しいんでしょ?と考えている人にはまず町田康を勧めたい。

粘膜兄弟

角川ホラー文庫から刊行されている粘膜シリーズの3作目。
常に一心同体であった磨太吉と矢太吉が恋愛と戦争によって引き裂かれていく。おぞましい拷問、暴力描写は健在で、フィクションでも現実でしていいことしか許されないと考える人には決して読ませられない。ところが、たたみかけるような会話のテンポに電車内で声を上げて笑ってしまうような小説でもある。細かい部分はうろ覚えだけど上官に「貴官らは双生児であるか」と聞かれた磨太吉がソーセージと聞き間違え、肯定すべきか否定すべきか判断できないまま曖昧に言質を取らせまいとするも執拗な質問攻めにどんどん何を言ってるか分からなくなるシーンは腹を抱えて笑ってしまった。


この兄弟は頭のネジが取れ気味で、軍隊も正気ではいられないような世界で、その二つの狂気をしっかり書き分けているのは実は結構凄いことだと思う。
なら内地パートはつまらないかと言えば、埋め込んだツイートで言及しているヘモやんが愛嬌溢れるド変態でやっぱり面白いのだ。

燃えよあんず

この小説の登場人物には、夫を亡くし自分の人生を停滞させていた久美ちゃん、施設で育った青年優樹くん、大麻の売人だったりロリコンだったりのピンキーちゃんやキタノなどいわゆる「普通の人生」から外れている人々が多い。彼らが困難な状況に見舞われても暗さが明るさに取って代わりはしないのがこの小説のいいところだと思う。とはいえ能天気なだけの話ではなくて彼らの人生の苦しさにしっかりと向き合っている。
タイトルは室生犀星の詩から取られていて、意味としては「地味であっても花を咲かせてほしい」といったものらしい。大それた幸せではなく小さな幸せのために書かれた407頁にふさわしいタイトルだろう。

サピエンス前戯

長編小説集という珍しい形式の本だけど本当に珍しいのは連載第一回で途絶した小説に書き下ろしをつけて一冊にまとめるという点だろう。連載のふりして第一回だけ雑誌に掲載したのは予定通りだったと知らずに読み進めていたので「これはさる筋から苦情が入ってしまったんだろうなあ」と誤解してしまった。それほどまでに著しくお下品に権利的に問題がありそうなところを突っ走っていくのだ。
表題作のサピエンス前戯は一見して分かるとおりサピエンス全史をパロディしているにも関わらず言葉遊びや下ネタによる徹底した馬鹿馬鹿しさに包まれている。突き抜けることで一種荘厳な感じさえ受けた。
同様に「オナニーサンダーバード藤沢」の村上春樹文体模写も異様に正確で笑いながら感心してしまったし、「酷暑不刊行会」で見られる下ネタナイズされた大作家の名作は既読であれば元の作品との乖離、そうでなくてもネーミングのくだらなさに笑いが漏れる(ドストエフスキーを一文字変えるとバストエフスキーになるのは発明じゃないやろか)
www.1101.com

指差す標識の事例

オビに書かれた「薔薇の名前」×「アガサ・クリスティ」の言葉に惹かれ手に取った本。一見して誇大広告めいた売り文句なのだが該博な知識に基づいて書かれたミステリ小説という意味で確かに看板に偽りは無かったと思う。
4つの手記が一件の殺人事件を様々な角度から照らす。いわゆる信頼できない語り手が四人いるのだが、誠実そうな語り口の物もあれば無法者の自己弁護としか言い様のないものも有り読み口がかなり異なるため(これは翻訳者を語り手ごとに変えるという珍しい訳し方も大きいだろう)、同じ事象への言及が繰り返されてもクドさはほとんど無かった。しかし海外の小説にありがちながら登場人物の名前を覚えるのは本当に大変。
殺人事件の真相は読者にとっての見所なのだが、実は語り手にとっては手記の主題ではなく、ある人物の糾弾であったり、自身に帰せられるべき功績の話だったり、父の汚名をそそぐ苦心譚だったりとそれぞれの主張があって、そこにも別の書き手から疑義が差し込まれるのがスリリングだった。

過去のキリスト教世界という日本人にとっては二重に隔てられた世界の思考様式にリアリティがある。いろんな切り口から楽しめる作品だった。

アンデッドガールマーダーファルス3

吸血鬼や人造人間、人狼などが存在するヨーロッパで繰り広げられる殺人笑劇(マーダーファルス)を描く闇鍋ミステリ。くだらない地口や小咄をのべつ幕なしにしゃべり続ける軽薄な真打津軽と怪物専門の美麗な探偵輪堂鴉夜、彼女に付き従う馳井静句が推理と暴力で痛快に活躍してくれる。

一巻からすでにその兆候はあったけど(グリ警部が頑なに本名を明かさなかったのなんなんだろうね)、二巻ではヨーロッパを舞台に活躍したキャラクター、ときに実在の人物が大挙して現れ一気にスパロボめいてくる。オペラ座の怪人を従えた怪盗アルセーヌルパン、イギリスきっての名探偵シャーロック・ホームズとその助手ワトソン、過剰な防衛力を有し人外の化け物撲滅を掲げるロイズ保険機構(実在する企業だけど実質バンプレストオリジナル)、さらにモリアーティ率いる恐るべき怪物の集団夜宴(バンケット)が八〇日間世界一周のフォッグが所有する宝石を巡って熾烈な戦いを繰り広げる。
2は複数の勢力が入り乱れる活劇としての面白さはあったけど推理要素が背景に退いていた気がして1には一歩劣るかなという印象だ。

今作は大ボリュームの中に推理と活劇がバランスよく盛り込まれていた印象。
再起不能になったスティングハートさんの再起に期待しつつ四巻を待ちたい。

枯木灘

複雑な血縁関係の中、秋幸は新しいことなど起こらない田舎の閉鎖的な環境に絡め取られていく。新しいことが起こらないというのは秋幸の人生についても当てはまることで、彼が試みる逸脱も、かつて彼の家族について囁かれた噂をなぞる物でしかない。無心に打ち込める土方仕事をしている時を除けば想念は亡き兄や父に注がれる。読んでいてとてつもないエネルギーを感じる一方で無力感のようなものも強く感じた。
秋幸視点を離れると「妄念にとりつかれた男が外部から現れ、幾人かの女性との間に子供を持ちながらのし上がるも子供の代で破局を迎える」というストーリーにアブサロム、アブサロム!と似たものを感じた。今は前日譚にあたる鳳仙花を読んでいる。

ガラスの街

ポールオースターの小説家としての第一作。奇妙な電話から奇妙な世界に迷い込んでしまう導入や物語の起伏に頼らずとも最後まで読ませてしまう筆力など「オースターは初めからオースターだった!」と感嘆してしまった。勿論彼が最初に見せた境地から抜け出ていないとかそういうことを言いたいのでは無くて、彼は何についてどう書けばいいのか初めから分かっていたようだということだ。具体的にはアイデンティティの問題だ。探偵になりすましたあげくに自分を見失い、居場所を失い、ガラスの街へと消えていく主人公の姿は何故か人ごととは思えない。

「偶然の音楽」まではアイデンティティについての物語としてくくることが可能ではないか。僕が読んだ中ではオースターの最高傑作は「偶然の音楽」なので彼の技量はここで一度極点を迎えたと言いたいけれど、オラクルナイトなどその後の作品も素晴らしい物が多いし、そもそも僕がオースターを読むようになったのはオラクルナイトがきっかけだ。

見えない都市

幻想的な都市の姿とそれを伝えるマルコポーロと聞き手であるフビライハンの会話から成っている。次々と不思議なビジョンが描かれるこの小説に長編小説としての体裁を与えているのは聞き手と語り手が交わす都市についての考察だが、ここは難解ではっきりと理解できたとは言いがたい。僕がこの小説をベスト10に入れたのは全体としての面白さからではなく、いくつかの魅惑的な都市が非常に印象的だったからだ。たとえば家に住み着く妖精と家族につく妖精とが出会いと別れを繰返す都市、夢に現れる女を捕らえるために生まれた都市…………。

文学少女シリーズ

文学少女天野遠子が古今の名作文学を解釈するように彼女らの近くで巻き起こる事件を解釈していくライトビブリオミステリー。遠子は妄想じみた推理力こそ確かなものの軽率で単純な上に好奇心が強いトラブルメーカーで、語り手のコノハ達にしょっちゅう面倒を見てもらっている。

先日無料で公開されていたので読んでみた。コノハに大きな影を落とす朝倉美羽というキャラがよすぎた。いままでヤンデレにピンときたことがないんだけど彼女の造形はびっくりするくらい刺さる。虐待を受けていた彼女が、彼女の語る物語を屈託なく楽しむコノハに憎しみを覚えながらも執着してコノハの人間関係にあの手この手で楔を打ち込む(そして自らも追い込まれていく)。シリーズを通して築かれたコノハの新しい交友関係を彼女の企みが大きく揺すぶる五巻はまさに圧巻だった。
無料期間中に読み切れなかったため後二巻残っているが、美羽の物語は一巻から伏線が張り巡らされていたため正直これ以上のクライマックスは用意されているのかなという不安もある。