はぐれ者の単騎特攻

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麻耶雄嵩「化石少女と七つの冒険」 感想:二重三重に仕組まれた後味の悪さ

傑作でした。例によってネタバレしながらの感想になるので未読の方はご注意ください。以下改行を開けてネタバレがあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どの話も面白かったのだが個人的に白眉だったのが最終話の「禁じられた遊び」、不可解な殺人事件の犯人が見えない人物になっていた桑島彰だったという意地の悪さは近年の麻耶作品では随一ではないか。

前作では殺人を犯すことになり、今作では良い雰囲気になった同級生の逮捕や「従僕クン」の役割の喪失を経験し、少しずつアイデンティティを壊されていった彼がとうとう視点人物*1の座からも降ろされてしまうという残酷さと、古生物部がたどり着いた歪んだ関係は短編集の終わりにふさわしい強烈な印象を残した。

 

 

今作の結末を踏まえた上で思い返してみると至る所に仕込みが隠されていることに気づく。ここでは三つほど取り上げることとする。

 

 

まず分かりやすいのはまりあと並ぶダブルヒロイン(?)の鹿沼亜希子だ。夢のあるなしにこだわっていて、まりあの地位向上に伴う環境の変化に戸惑っていた彰に何かと声を掛けてきた彼女はまりあのお守りから解放されつつある彰にとって新しい道を歩む手助けとなり得る存在だった。

「希」には「のぞむ」という意味があるのだが、彼女が初登場時に彰に進路希望の紙を要求することからも彼女は今まで自主性を持たずに生きてきた彰の人生の岐路の導き手だったといえるだろう。ところが「亜」が持つ「……に次ぐ」という意味の通り亜希子は真の意味でまりあの代わりになることはできず(彰は初めて彼女を見たときに一瞬だけだが亜希子とまりあを重ねている)、自身が犯した罪のために逮捕され彰の前から姿を消してしまう。

 

 

次に彰の目から見た登場人物の印象に着目したい。「化石少女」と比較しなければ正確なことは言えないが、今作で彰と出会う事件の関係者に対し彼は「同じ学年だが知らなかった」のように認識の外にいたと評価することがとても多い(ような気がする)。

 

舞台となるペルム学園が無数の部活動を抱えているかなりの規模の高校であることを思えば同じ学校・同じ学年の生徒でも知らない、ということは十分に考えられるしまりあを中心とした狭い世界で生きてきた彰にとって知り合いの少なさはむしろ自然なため読み流してしまったのだが、これは彰の周囲に「見えない人」、言い換えればモブがたくさんいたことを示している。

 

 

最後だが、実は彼が見えない人物になっていた例が他にもある。それが全7章で構成される今作の折り返し地点第4章の「化石女」だ。

ここではまりあを指すとしか思えない「化石女」と書かれたダイイングメッセージ(しかしまりあには完璧なアリバイが存在する)の謎が取り上げられている。

何故被害者は「化石女」と書き遺したのか、その答えはシンプルで古生物部を撮影する際に入り込んでしまった犯人の少女を、見切れてしまった彰に代わって古生物部の部員だと被害者が勘違いしたためだった。ここでは彰は周縁に追いやられたために見えない人物となってしまったと表現できる。

「彰は周縁に追いやられたために見えない人物となってしまった」、これは今作全体の要約としても通用する文章でありこのような構図を全体の真ん中で使っているのはおそらく意図的であると思われる。

 

 

ここから先は次回作への期待を締まりなく書いていく。

もしこの作品の続編があるのなら最早フーダニットは問題ではなくなるのだが、「高荻に掛けられたえん罪を晴らす」という縛りやまりあの卒業が控える中でどんなアクロバットが見られるのか注目したい。

 

真実は何かではなく真実をどう処理するかが問題になる化石少女シリーズはさよなら神様の精神的な続編とも言えそうだが、私のような凡俗ではこの路線の先に何が待っているのか見当などつかないが、麻耶先生はその先の景色を見せてくれるのだろうと思う。

 

今の時点でも予測できることはヘンリー・メルヴェールを名乗る片理めるや東洋人探偵チャーリー・チャンを名乗る謎の人物も加わって滅茶苦茶をやってくれるはずということだ。多重解決ものは好きなので楽しみで仕方ない。

鹿沼さんにも思わせぶりな要素があって再登場が期待できるのでやっぱり楽しみ。

 

弦楽器、打楽器とチェレスタのための殺人もね!

*1:正確には三人称だが彰以外の心情は書かれないので彼を視点人物としても間違いではないと考える