ミステリの醍醐味を意外な推理=解釈がもたらす興奮に求めるならば、一つの事件に対し複数の解決が提示される多重解決ものは「一粒で何度もおいしい」というこの上なく魅力的なジャンルとなる。
あくまで印象だが実際に愛好家からの人気もあるように思うし多大な需要があるはずだ。しかし、重ねて印象だが供給の方が需要に追いつけているかは疑問だ。
このギャップが生まれる理由として、よく指摘される複数の推理を盛り込むための労力の大きさはやはり見過ごせないだろう。加えて複数の探偵役を配置するための設定を作る難しさも大きいのではないかと想像している。
「吹雪/土砂崩れによって外界と隔絶された山荘で起こった殺人事件。居合わせた探偵達が名誉を賭けて推理合戦を繰り広げる!」ではいかにも作り事めいている(それが悪いわけではないし、私はこれくらいコテコテなのが好き)。
だからこそ多重解決を試みる多くの作品は名探偵が大勢いる状況に説明をつけようと工夫を凝らしてきた。そして練り上げられた設定は推理と不可分になり読者を楽しませてきたのだ。
裏を返せば面白い多重解決には優れた舞台設定があるとも言える。例を挙げると
・年末特番での謎解き合戦*1
・奇蹟を信じるものと否定するものの論戦*2
・双龍会*3
・殺人チャット*4
・名探偵が集められたパインハウス*5
etc.
ということで今回は斬新な舞台設定で多重解決ものの新たな地平を切り開いた快作を紹介したい。大山誠一郎のワトソン力だ。
今作が多重解決趣向を成立させるにあたって鍵を握るのがワトソン力だ。この力は主人公である和戸が生まれつき持っているものであり「周囲の人間の推理力を飛躍的に向上させる(させてしまう)力」と説明されるのだが、この設定により和戸が事件に遭遇する度に推理合戦が必然的に生じることになり、多重解決の連作短編というコンセプトが無理なく成立できる。
すべての事件の関係者が高い推理力を持つため被疑者も理知的になり仮説の構築と反論が異様にスムーズなのも読みやすさに寄与している*6。
更にここは「ワトソン力」ならではの魅力として声を大にして伝えたいのだが、ワトソン力では和戸自身の推理力は上がらないので、誰が最終的に謎を解くのか予想することが難しくなり「意外な探偵」(!)という面白さが生じてくる。
ところで筆者は大山誠一郎氏の作品を読むのはこれが初めてだったのだが氏の作風については、密室蒐集家やアリバイ崩し承りますなどの作品で知られているため作品集を通して一つのジャンルを極めていくようなスタイルを想像していた。しかし実際には多様な謎が並んでいて驚きだった。
ここからは各短編に対し意外な探偵や扱われる謎という観点からネタバレを織り交ぜつつ感想を述べていく。
プロローグ
監禁された和戸はこれまでに関わった事件を振り返りながら自身が恨みを買っている可能性を検討する。
赤い十字架 ダイイングメッセージ
殺害現場に血で書き残された五つの十字架の謎を出発点に現場の偽装トリックが明らかになる。
ダイイングメッセージ自体の意味を説き明かそうとした初めの二つの推理に比べると壁に掛かった絵に着目して現場が偽装された可能性を指摘する推理は堅実ながらも地味な印象が否めない。現場の偽装というアイデアを引き継いでダイイングメッセージにも説明を与えた最後の推理が一番面白かった。
確かにトリックは現実的とは思われないがその点を瑕疵と捉えてもなお魅力的な作品。
暗黒室の殺人 ホワイダニット
なぜ犯人は暗く出入りも不可能な場所で犯行に及んだのか。クローズドサークルの根幹的な問題が暗所という条件下で浮かび上がる。
誤った推理の中で唯一合っていた点ー現場内に未知の人物がいるーによって引きずり出された被害者の弟がワトソン力で探偵を勤めるのはまさに「意外な探偵」といえよう。
求婚者と毒殺者 アリバイ崩し
今作は誤った推理であってもアイデアが引き継がれたり次の展開のきっかけになったりと何かと活用されるので厳密な意味での捨て推理が少ないのだが誤った推理の扱いが特に優れているのがこの求婚者と毒殺者だ。
丁々発止の推理合戦によってアリバイが争点になるが、そのアリバイ自体が虚偽の証言と推理合戦自体によって構成されていたというパターン崩し。推理合戦の発生を自明のものとしていたのでこの結末にはとても驚かされた。
意外な探偵という観点から言えば扉絵はちょっと良くないのではないか。
雪の日の魔術 密室
雪とビニールで構成された密室内で発見された射殺体。密室としては比較的ゆるい構成のようだがビニールに貫通痕が無い以上殺害は不可能のようだったが……?
「赤い十字架」でトリックが現実的でないと言ったがミステリでは現実的でないからこそ心惹かれる真相がある*7。本編ではおよそあり得ないような真相が深い余韻を生んでいる。
インタールード
厳密にはⅠとⅡに分割されて雪の日の魔術の前後に配置されている。
監禁されている和戸自身の推理によって、監禁犯の条件としてかつてワトソン力の恩恵を受けた=事件を解決に導けたという項目が加わることで意外な探偵が意外な容疑者候補へと変わる。ここが非常にスリリングで意外な探偵が単に趣向にとどまらず読者の興味を引くことに成功している。私はしびれた。
雲の上の死 ホワイダニット
なぜ被害者を飛行機の上で殺す必要があったのか。
この話ではトンチキな理由がたくさん考案されコメディチックな印象を与える。真相にしても思わず唖然としてしまうようなものすごい理由だ。
雲の上の死を読むと「ワトソン力」をライトミステリにリライトして深夜ドラマとして放映したら面白そうだとも感じる。33分探偵のスタッフで作ってくれないだろうか。無理かな。
探偵台本 作中作
解決編がない台本を前に役者が自らが演じる役を犯人として告発しあうメタミステリ。犯人候補から除外された人物が無理筋の叙述トリックを捻り出してくる辺りなど相当に楽しく読める。
もっとも結論を導く手つきは非常に論理的なので欠落した問題編を読んだ時点である程度まで真相に近づけるかもしれないが、すべての罠を見破るのは容易ではないだろう。
不運な犯人 ホワイノットダニット
なぜナイフが被害者の体から抜かれていないのか、なぜ被害者の座席のカーテンは閉じられていないのか、なぜ被害者のイヤホンの音楽は止められずにいたのか。
ホワイノットダニットという言葉が存在するのか残念ながら判らないけれどホワイダニットからひねってあると感じたのであえてこのように呼称してみた。
推理したさに犯人が犯行を自供しはじめたときには驚いたがここまで読んだ読者ならワトソン力ならそういうこともあるかもしれないと納得してしまうのがズルい(ひょっとして探偵台本が前フリとして機能しているのか?!)。
エピローグ
謎解きの難度は低めなのだがワトソン力の恩恵を受けられない和戸が自力で到達できる真相としては適正のレベルか。続編も期待できる終わり方で大変にありがたい。
最後にひとつ。おそらく題名にオマージュが仕込まれている。
赤い十字架→青い十字架
暗黒室の殺人→暗黒館の殺人
おそらく他のタイトルにも元ネタがあるのだが誰かまとめてくれたひとはいないだろうか。
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