はぐれ者の単騎特攻

ニチアサや読書について書くはずです

飛鳥部勝則 殉教カテリナ車輪~砂漠の薔薇

飛鳥部勝則というミステリ作家は熱心なファンを持ちつつもある事情から作品が全て絶版になっていて*1幻の作家のようになっている。そのため私は氏の作品を読めないものと思っていたが行動圏内の図書館で読めることがわかったので少しずつ読み進めている。

 

今回は初期の4作を読んでみて感じ取れた共通点について書いてみる。性質上ネタバレだらけになっているので承知してほしい。

 

 

 

 

解決と切り離されたコンテクスト先行型の推理

処女作である殉教カテリナ車輪では、殺人事件を描くパートに先立って図像解釈学/イコノロジーを用いて絵画の中に潜む画家の過去を探る物語が展開される。イコノロジー(iconology)においては絵に描き込まれた物や人物を文化的な背景を表すアイコン(icon)として取り扱うことが要求される。

 

 

この女で気にかかる点は、とりあえず赤い服を着ていることである。例えば聖母マリアは赤い衣を着けている。そして伝統的に青色のマントやヴェールをまとった姿で描かれる。この「青」は天を象徴する。「天の女王」というわけだ。

『殉教』におけるこの女は青いマントを羽織っていない。では天上の青はどこに行ってしまったのか。それがおそらく、画面右手に垂れ下がる青い布なのだろう。

 

このような思索を通じて赤い服を着た女性は聖母マリアになり垂れ下がる青い布は天上の青となる。ダイイングメッセージの解釈などの本格推理的な思考との近似が目立つ(これは鮎川哲也賞選評でも触れられていたしもしかすると作中でも言われていたかもしれない)。

 

 

「バベル消滅」で探偵のように振る舞う田村は、バベルの塔を元に身の回りの死者の共通点をくくりだし、連続殺人事件としてのコンテクストをつなぐ。彼が独自に行う捜査は閉塞感のある日常からの逃避としての側面が強く、本人もそれを自覚しながらも死者に見いだされるリンクに引きずられるように推理を行う。

 

「砂漠の薔薇」の槍は、推理を補強するために作家が作品を推敲するように偽の物証を作る。作家が作品を推敲するようにという比喩は槍の「小説を書き上げてから伏線を付け加え補強するのは自然な行為ではないでしょうか」という発言に対応しているのだが当然ながら推理と執筆はまるで別の行為だ。それでも推理を抽象的なつじつま合わせとみるならばこのような発言にも正当性がある。

 

これまで見たように普通の意味での名探偵が不在なので読者を楽しませる推理は作中の次元での解決には寄与しない。「殉教」でも「バベル」でも警察による解決がひっくり返されることはないし「砂漠」の真相は推理とは無関係にもたらされる。推理が読者に真相を開示することはあってもそれは意図されていない副次的効果だ。

 

テクストの罠

通常の叙述トリックは作者から読者に仕掛けるものであって作中で誰かをだますものとしては機能しない。しかし飛鳥部の作品では「作中の出来事を扱った作中作」によって叙述トリックが作中で可視化されることがある。

 

 

「バベル」の終章は作中作がフェアなものかどうかについて登場人物が議論するという匣の中の失楽めいた様相を見せる。読者の誤認を暴くだけなら作中作などという仕掛けを持ち出す必要はない。バベルの塔が言語と深い関わりを持つことと関係しているのかもしれない。私に何か見落としがあるのだろう。だがこの終章は現時点で飛鳥部作品で一番好きな部分だ。

「殉教」でも叙述トリックと認識されることこそないが作中作が重要な役割を果たす。

 

「砂漠」でも大胆不敵な叙述トリックがある。「N・Aの扉」はミステリとは言いがたいのだが一応仕掛けのようなものはあってやはり叙述にまつわるものだ。

 

 

謎めく美少女と絵画

謎めいた美少女というモチーフも多い。内面をうかがい知ることのできない少女は語り手である成人男性にとって異様な存在感を持つ。「N・A」の千秋に至っては作品全体の奇妙さもあって存在自体が妄想の産物ではないかと疑われるほどだ。

異常な女子高生が乱舞する「砂漠」では語り手もまた謎めいた少女になり変化を感じられた。

 

自作の絵画や有名な絵画が作中に取り込まれている。おそらく一番有名な特徴だ。作家であり絵も描けるという人は意外といるが、有機的に絡み合っているのは珍しい*2。しかし、自作の絵画の存在感は徐々に希薄になっているように思う。

 

 

ここまでの話を総括するならばミステリを模倣しながらもそこから逃れてしまうような奇妙なねじれが魅力的だと感じた。

とりあえず現時点ではこのような印象を持っている。全作品を読破した人は「この頃はまだおとなしかった」と一様に述べていて、今後どのような趣向が押し出されていくのか非常に楽しみだ。

 

____________

追記

その後全長編を読み通し改めて氏の作風について考えてみた。読み応えのあるものになったと自負しているがどうだろうか。

tyudo-n.hatenablog.com

 

*1:アンソロジーなどは除く

*2:エドワードケアリーや酉島伝法くらいだろうか