はぐれ者の単騎特攻

ニチアサや読書について書くはずです

2023年下半期の本

今年も終わるのでまた10冊選んでやっていきます。

下半期のトピックはなんといっても「鵼の碑」でしょう。サプライズにもほどがある。17年ぶりの最新長編は出版がすでにひとつの事件といってもいい。

しかし目下注目しているのは「仮面ライダーBLACK SUN」なんですがね。あの問題作がどう生まれ変わるのかと期待し、今年の第二の目玉とまで思っていたのが刊行すら危ぶまれる事態に。出版中止の報を聞いたときには悲しみの王子になりかけましたがどうやら出版に向けた動きは継続されているようなので来年に期待したいと思います。

 

 

(ここの作品で一々断るのも億劫なので宣言するけど以下の文章にはネタバレが含まれていることがあるので注意してください)

 

図書館島異聞 翼ある歴史

この本はとても不親切だ。

 

たとえば前作にあたる「図書館島」の主人公であるジェヴィックは辺境で育ったので都であるオロンドリアは初めて行く場所だから普通は彼の戸惑いや驚きが読者のそれと重なっていくはずなんだけど、彼は既に文献を通してオロンドリアを深く知っているから、読者にはよく分からないポイントで感動したりテンションを上げたりしている。

 

固有名詞も山ほどある上に単数や複数、男性や女性で活用してくるので「パルスのルシがパージでコクーン」状態だ。それらの特徴は今作でも変わらないどころか強化されているようでさえある。

 

文句ばっかり言ってるようだけど、ここまでにあげた「欠点」は作者の中に確固としてある世界をそのまま描いているからこそとも考えられる。現に前作をめくっていたら今作の鍵を握るあるキーワードが既に書かれていたのを見つけて、作品世界の強度に感動してしまった。

ファンタジーが好きならば二読三読するだけの価値はある。

 

鵼の碑

17年ぶりの百鬼夜行シリーズ最新長編。過去に囚われた人々の妄想が寄り集まって巨大な妖怪「鵼」を生みだしてしまう。

 

鵼の特性である「キメラ」と「声だけしか観測できない」という2点が、それぞれ独立した筋が平行して動く塗仏以来のモジュラー型の話運びと陰謀論じみた話の広がり方に結実しているのが凄いんだけど京極夏彦の頭の中はどうなっているのか。

 

お馴染みのキャラクターを出し惜しみせずにたくさん出してくれるのもサービス精神を感じて良かった。益田君の軽薄で真面目で厭世的なキャラクターをたくさん味わえて本当に良かった。

 

こうして「鵼」を読んだ後だから言えることとして、「原発に触れてしまったので出版が許されないらしい」や「百鬼夜行シリーズは講談社から引き上げて文藝春秋に移籍するらしい」などの不確かな憶測や情報に一喜一憂してネット上で騒いでいたあの時間もまた「鵼」だったんだなという世迷い言がある。

 

眩暈を愛して夢を見よ

今年読んだ中では一番ヤバいミステリかも。

 

物語は行方不明になったAV女優柏木を探す男性と、ある人物への復讐を誓う出所直後の男性の二つの視点から語られる。柏木の人物像の掴めなさや捜索の資料として挟み込まれる同人誌の講評会の妙な生々しさ、その周りで見え隠れする様々な違和感が一気にひっくり返されそのまま混沌に引きずり込まれる終盤の展開は圧巻。

 

終盤のあるシーンで「楽しく読ませてもらったけどそれが大オチだったら評価は考えざるを得ないぞ」とか思っていた自分を殴りたい。

 

邪道もここまで極めれば一つのスタイルとして認めざるを得ません。

 

オルゴーリェンヌ

一度ネジが巻かれれば戻りきるまで音楽を響かせ続けるオルゴールのように、殺人劇は止まらない。

 

ミステリなどの書物を封じることで人の死が不可視になった世界で推理の力を使い死の謎に光を投げかけるミステリへのラブレターのような小説だ。

 

ほぼ必ず殺人を伴う物語であるミステリを娯楽として扱ってしまうことの非倫理性は正直あまり自分事としては受け取れていないけれど、キャラクターがそれに向き合いながらもミステリの力を信じようとする切実さには胸を打たれる。

新キャラのカルテくんが可愛すぎる

 

プロトコル・オブ・ヒューマニティ

ダンスと義足と認知症の三本柱で人間性にどこまでも愚直に迫る足取りから目が離せずに一気に読了してしまった。

 

ダンスは人に何事かを伝えうるとするならばそれはどのような回路によって可能になっているのか。認知症によって積み上げてきた物を失おうとしている父からどのようにして「その人らしさ」をすくい取るのか。いずれもかなり骨太の話題で、両者を追求する試みはともすれば虻蜂取らずになりそうなところだがこの小説についてはそのような心配は必要ない。

 

ダンスには全く興味なかったのにちょっとやってみたくなっている自分がいる。余談だがクライマックスシーンの1つでバトゥーキのJOGOを思い出した。身体的コミュニケーションの可能性。

 

幸せな家族 そしてその頃はやった唄

正直なところ大ネタはかなり早い段階から見当がついてた(というか、かなりフェアな書きぶりだったのでそこに重点は置いていないのかもしれない)のだが、だからこそ初読でも嫌な感じをじっくりと味わえた。

 

基本的には不気味な唄に沿ってある家族が次々に死んでいく話と要約できるこの小説の中にあって、被害者に一人だけ家族とは血のつながりを持たない少年がいる。

これを単に「唄を再現するため」と捉えることもできるのだが、ワイドショー的な関心に晒された一連の事件の中で野次馬の要素を背負わされていた少年の死と虚無への供物で取り上げられた「物見高い御見物衆」との関連も考えてみたくなる。

 

神様ゲームもそうだけどジュブナイルイヤミスってギャップがたまらなく嫌で最高ですね。

 

おどるでく

海や時を超えて紙の上に定住していた言葉が、再び命を吹き込まれて方言や他言語と混ざり合う。町田康が絶賛の帯文を書いているのを見て買ったのが正解だった。

 

芥川賞の選考会でも「これは小説なのか」という意見が出たほどに評論チックな読み味なのでストーリーの起伏を求める向きには勧められないがイメージの横滑りや暗合を楽しめるならば是非読んでほしい。

ただ私はイメージソースになるプルーストジョイスがよく分かっていないので自分通い読者だったかと問われると少々心許ない。

エセ物語も買ったので年末年始にじっくり読めたら嬉しい。

 

飛ぶ孔雀

実を言うと一度は読むのを中断してしまい本棚でほこりを被らせていたこともあったのだが先日改めて手に取ってみると印象的な小道具や魅力的な情景に引きずられるように読み進めることができた。

 

P夫人やQ庭園などの元の名前を想像しがたいような珍奇な名前が非現実的な雰囲気を醸成したかと思えばQ庭園は川中島にあるというあまりに現実と地続きな情報がゴロリと投げ込まれたりもする。このような収まりの悪さは小道具などの不明瞭なつながりにもあって作品全体を支配しているように見える。

 

一方で日本SF大賞受賞の肩書きから連想されるような要素に乏しく見えてしまいこれもSFなのかなと疑問に思いながら読んでいる部分があったので読後にSF大賞の選評を読んだがこれも(これぞ?)SFらしい。

何年か前に比べればSFも読むようになったけど中々難しいね。

 

絞首商會

第60回メフィスト賞受賞作。謎の無政府主義組織「絞首商會」との関わりが囁かれる殺人事件に元泥棒が挑む。

 

講談社文庫版に付された解説のタイトル「逆説、逆説、また逆説」で端的に示されているとおり逆説が楽しいミステリで、逆説使いの極点ともいえるブラウン神父のようにある種の倫理的な基盤を持っている探偵がフランボーと同じ元泥棒という点にもニヤリとさせられる。

 

キャラクターもみんな魅力的で彼らのコミカルなやりとりを私も楽しい物として受け取れるのがデビュー作らしからぬ手堅さ。同作者による昨年の話題作方舟も絶対読みます。

 

生命の樹

複数世代にわたる物語は得てして登場人物が多くなりがちなので読み始めるまでに時間をおいてしまうし、読み始めても骨がおれるし大変なんだけどそれに見合うだけの価値はあるよね。ということを本書に思い出させられた。

 

カリブに連れてこられた黒人の子孫が自らの意思で移動し、異なるルーツを持つ血を取り込み次世代へと繋いでいく。そのたびに差別や伝統の問題が重層化してしまう、困難な人生に翻弄されながらも生き抜こうとした一族の拡散するエネルギーに息を呑んだ。

 

血族と姻族の果てしない広がりはなるほど生い茂る樹のようでもある。

 

 

 

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