はぐれ者の単騎特攻

ニチアサや読書について書くはずです

2021年下半期の本10冊

遅刻もいいところですが駆け足で紹介します

 
掃除婦のための手引き書

ルシア・ベルリンという人は波瀾万丈の人生を送った人で子供時代は父の仕事の都合で様々な国を転々とし、長じてからはアルコール依存に悩まされながらも様々な職について、三度の結婚でもうけた子供を育てた。そういう作家が遺した自身の人生にまつわる短編小説集。

 

人生に材を取っている点で私小説的といえるんだけど、私小説的な暗さ(私のイメージ)とは無縁。歯切れのいい言葉によって情景がありありと浮かぶ。

多様な作品があってもぼやけた印象にならないのは各短編が小説として自立しているだけではなく、共通するいくつかの主題が次第に見えてくるからで、母や妹を巡る話はいくらでも読んでいられる。

 

生首に聞いてみろ

2005年の「このミステリーがすごい」第一位

最初はちょっとスロースターターかなと思っていたんだけど、周到に撒かれた情報が立ち上がって事件を見通せるようになった瞬間のカタルシスがすごく大きい。最後に明かされるあり得た可能性が胸を打つ。

今年読んだ密閉教室も後味がすさまじくて思っていた以上に個性の強い作家だ、法月綸太郞。

 

哲学者の密室

このような記事を書きました。

いつもフィクションについて記事を書くときはあらすじをどうまとめるか結構悩んでいるんだけど上掲の記事は中々うまくかけていたなと読み返して悦に入る気分があるので再掲させてほしい。

あらすじ―三重の密室

実業家フランソワダッソーの屋敷で他殺体が発見された。匿名の通報を受け現場に到着したルネ・モガールは捜査の結果、現場は三つの障害に囲まれた「三重の密室」であったと結論せざるを得なくなる。一方この事件にニコライ・イリイチの影を見るナディアは、カケルが事件に関わる前に解決すべく果敢に推理に挑むのだが、謎は30年前にナチスドイツの収容所で生まれたもう一つの三重の密室を飲み込み膨れ上がっていく……。

 

2021年に発売される予定だった煉獄の時がいつの間にか再延期されてたので、シリーズ完結が本当におぼつかなくなっているのは長年追いかけていた人からするとたまった物ではないだろうな。

 

模倣の殺意

作家の死の真相を追う二つのパートが交互に繰り返される。

解説で説明される改稿の経緯がなかなかに興味深かった。読者のリテラシーに合わせてトリックが生き延びようとする過程を見られることってなかなかないと思う。確かに改稿前の書き方では今の読者には通用しなさそう。

 

バベル消滅

この作品についても関連してこのような記事を書きました。

謎解きと直接関係があるわけではないが新潟の片田舎に閉じ込められた若者の焦燥がいい味を出している。

来年は全長編読むつもり。

 

メルカトル悪人狩り

推理小説をどこまでとがらせられるかについての実践という趣がある。メルカトル鮎の異常な推理の前では犯人との対等な対決など存在せず、狩りという言葉こそ相応しいとの意味がこの書名には込められていると思われる。

そういえば短編集でもその中の一編が表題作として書名になるものと、全体として新しく名前がつくものと二種類あるその違いって、どういう意味合いなのか分からないんだけど麻耶先生の短編集は全部書名を新しくつけているな。

 

メルカトル式推理法が白眉

 

親指Pの修行時代

こういう本を読めて本当によかった。

他人に対して無関心と区別のつかないような寛容さを示していた主人公が、足の親指に起きた異変をきっかけに人とよりよくつながろうとする話。

 

性愛に関する紋切り型の考えを脱臼させていくような部分は今読んでも古びていないと思う。

同作者の「葬儀の日」も表題作は中々入り込めなかったけど他の二本はすごくよかった。

今好きな作家を三人あげろと言われたら松浦理英子は確実に入るな。

 

文身 岩井圭也

 

妻殺しの一部始終を小説として発表しながらも証拠不十分で逮捕されなかった伝説の私小説家、「菅洋市」の遺稿を娘が紐解くという導入で二人の兄弟の人生が描かれる。

 

田舎から抜け出し東京で暮らす庸一と堅次。小説家を目指すもなかなか芽が出ない堅次は一計を案じる。それは、庸一に堅次の書いた小説をなぞるような行動を起こさせ、兄の私小説として己の小説を売り出すという物だった……。

 

小説と作家の主客転倒という逆説や、弟が小説を通じて兄の人生の作者となる面白さで読者が十分に引きつけられた頃に二人の関係にほころびが生じ始める。

着地点も面白くメタな小説としての完成度が非常に高かった。

小説についての小説だと気負って読む必要はなく、兄弟の愛憎をめぐる小説として読んでもかなり強い。

 

 

異常論文

誰か教えてほしい、「無断と土」はどう読めばいい。伴名練の作品が解説を模している形式を取ることで巻末に置かれることを要請しているとするならば「無断と土」を実質的な巻末とすることができる。砕けた言い方をするならラスボス枠だし難解で当然だろうけどそれにしても全然分からない。

 

ごくごく素直に面白かった作品を挙げるなら「掃除と掃除用具の人類史」「第一四五九五期〈異常SF創作講座〉最終課題講評」「樋口一葉の多声的エクリチュールーその方法と起源」「四海文書注解抄」あたりか。

そして鬼子枠としての「SF作家の倒し方」。

(編者の樋口氏の功績は大きいのでしょうが巻頭言は大仰なだけで何も言っていない文章の典型だと思いました……)

 

変格ミステリ傑作選 戦前篇

夏目漱石から久生十蘭まで、戦前に書かれた変格ミステリを収録した贅沢な一冊。純文学として知られる「藪の中」や幻想小説に分類しても良さそうな「魔」など様々な作品が並んでいてミステリというジャンルの懐の深さを味わえる。

現在戦後編の刊行も予定されているようだが、書き下ろしアンソロジーがでるまで頑張っていただきたい。

 
番外 ベストSF2020

実を言えば途中までしか読めていない。それでもこの本を番外という形で選出したのは「地獄を縫いとる」という傑作が収録されているからだ。

この作品について安易なことを言うべきではないです。

 

2021年上半期のベストはこちら

tyudo-n.hatenablog.com

 

2020年の下半期のベストはこちら

tyudo-n.hatenablog.com