はぐれ者の単騎特攻

ニチアサや読書について書くはずです

最愛の子ども 松浦理英子

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とても素晴らしい物語を読んだので紹介したい。

松浦理英子の「最愛の子ども」だ。当然のように作品の結末に近い部分にも言及するのでネタバレが嫌な未読者はブラウザバックしてほしい。単行本で200ページ程度なので読みやすいだろうし読み終えてから再びこのページに来ていただければと思う。
さあ紹介に移ろう。この物語の主人公は「わたしたちのファミリー」と呼ばれる三人組だと断言してしまっていいのかわからないというのは語り手である「わたしたち」の自由な語りがあふれ出るこの物語ではファミリーは観察の対象、見られる客体とも考えられるからだ。語られるファミリーと同じくらい語る「わたしたち」が存在感を放つ。「わたしたち」のファミリーへの視線が届かない時間を埋める空想語りは次第に比重を増し、作品全体に独特の雰囲気を与えている。

ママ:真汐 パパ:日夏 王子様:空穂の三人は世間的には私立玉藻学園に通う高校三年生だ。真汐は自身を貫こうとするために大人からは扱いにくい生徒として見られている。日夏は成績がよく教師からも概ね好感を抱かれている。空穂はおそらく教師の印象に残るタイプではないのだが小動物的な可愛さからクラスメイトの間ではいじられキャラになっている。

現実の性別との関係でいえば2/3がファミリーでの役割との間にずれを持っている。パパである日夏は中等部の時期に先輩とちょっとした同性愛的な関係を持っていたが自身を同性愛者だとは感じていないしそのように分類されたいとも思っていない。王子様である空穂も極度に受動的、ステレオタイプ的な王子様や男の子のイメージからは程遠い。

大雑把に言えば最愛の子どもは三人の関係性の変容の物語だ。
小説は真汐が書いた作文で幕を開ける。「女子高生らしさとは何か」という与えられたテーマに疑問を投げかける挑発的な作文は職員室に呼び出された真汐の帰還を待つ「わたしたち」の間で回し読みされる。そこで交わされる会話ではきわめて多くのクラスメイト(わたしたち)が姿を現す。

普通に考えれば一人の級友のために10人近くの生徒が放課後の教室に入るのはおかしい(私の通っていた高校は比較的和気あいあいとした雰囲気だったと思っているがそれでも放課後になれば部活や予備校などへ大半の生徒は散っていったと記憶している)のだがこれはリアリティーの欠如というより彼女達の結束と閉鎖性を表しているのである。彼女たちの独特の雰囲気は外部からは異様な光景と映るらしく具体的には男子生徒から投げかけられる奇異の視線や手渡される卑猥な写真として現れる。ただ彼女たちは結束ゆえに外部からの攻撃を気に留めない。

一方で学校を離れた主人公たちは家族との関わり方に悩んでいる。
日夏は罪悪感を植え付けようとする姉に、空穂は、子供より子供っぽい、気まぐれで時として空穂に手をあげさえする母、伊都子さんに、真汐は出来がよく容姿も優れた弟と彼に目を向け真汐には関心を寄せない母に振り回されている。
そんな彼女らが「わたしたち」によってファミリーと称され、次第に疑似家族的なふるまいを見につけていく。

不器用に自分を貫こうとする真汐に日夏が興味を持ったことから始まり、高等部になってから編入した空穂を加えて完成したファミリーは不変に思われたが修学旅行の夜を切っ掛けに変容していく。徐々に強まる空穂の日夏への傾倒とそれに動揺してしまう自分に戸惑った真汐がファミリーから距離をとり始めてしまうのだ。
ここから事実だけを抜き出してなるべく簡単にまとめると、日夏は空穂とキスした場面を伊都子さんに見られ、無期限停学処分となる。そして、同級生の母のアドバイスもあり、戦う価値のない人がいる日本に背を向けイギリスへと旅立つ。

「わたしたち」が事実と事実を埋めながら紡ぐ「妄想ストーリー」は劇的な瞬間も多く、ときに出来過ぎとも感じられるのにもしかすると真実より真実らしい。
それは彼女らのリアリティーが小説を読んでいる「わたし」にも伝染しているからではないだろうか。

それぞれ進路を決めた「わたしたち」がこれからも「わたしたち」であり続けるのかは誰にもわからない。しかし、「わたしたち」は日夏とともに空穂ー最愛の子どもーに会いに行くという真汐の決意をはっきりと心に浮かべるのだ。

松浦氏の作品を読むのは今回が初めてなのだがとにかく圧倒されどおしだった。触れるタイミングを逃してしまったが「顔は良いのに他人に興味を示さずどこかずれているためにミーハーなファンは離れた苑子と彼女に話しかけては傷つく希和子」など脇役の造形も良い。「船に乗れ!」と並ぶ青春小説の傑作ではないだろうか。(ジャンルに詳しくないのに適当を言ってしまった)
調べて見ると寡作な方らしく少し残念だが他の作品にも強く興味をひかれた。まずは先日文庫化もされた犬身を読む予定でありそちらの感想も記事にできればと思っている。

ところで「空穂」や「玉藻学園」など固有名詞に古語が多く使われていて詳しい方なら考察の対象にできるのではないか。