はぐれ者の単騎特攻

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牙狼 炎の刻印に見る小林靖子文脈

牙狼 炎の刻印を配信で視聴したので簡単に感想を書いてみる。

 

不要かもしれないが基本的なことからおさらいすると、「牙狼 炎の刻印」は特撮シリーズである牙狼シリーズの一作として2014年から2015年にかけて放送されたアニメーション作品だ。特撮から出発した牙狼にとってアニメへの進出が挑戦だったことは想像に難くない。

最近でこそ特撮作品を母体にしたアニメーション作品も多く、ゴジラグリッドマンガメラがアニメ化され好評を博しているが当時はまだ物珍しい試みだったため批判的に捉える人もそれなりにいたような記憶もある。

 

(数少ない昭和のアニメ特撮「ザ☆ウルトラマン」についてはこちらから↓)

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私自身は気楽な後追いの立場で炎の刻印の評判の良さは知っていたし、アニメで特撮をやることへの抵抗感もなかったがそれでも一抹の不安はあった。牙狼特有の事情と言ってもいいと思うが牙狼のスーツはとにかく線が多いのでアニメでそのディテールを再現できるか考えたときに厳しいのではと思わずにはいられなかったのだ。

 

 

しかしながら、実際に視聴してみると牙狼のディテールを損なうことなくしっかり動かしているのみならず、表情豊かな牙狼の鎧などアニメならではの演出も見ることができ私の不安は完全な杞憂となった。また、主な舞台となるヴァリアンテ王国の中世風の町並みは特撮では難しい表現で(これが実写で実現するのは2023年のキングオージャーまで待つ必要がある)映像面では総じて非常にリッチという印象を持った。

 

 

ではストーリーはどうだったのか。結論から言えばこちらも非常に良かった。「継承」や「守りし者」という牙狼の中心にある概念を扱いながらも1つの作品としての独自性を出すことに成功していたと思う。

 

どのような点に独自性を感じたのかシンプルに表すならば、「お馴染みの概念に裏側から光を当てた」といったところだろう。

たとえば「継承」については、ヘルマン-レオン間の親子による継承を描きつつも、もう一人の主人公であるアルフォンソが息子を失ったラファエロから鎧を受け継ぐ過程を数話に渡って描いている。これまでのシリーズでは大きく扱われることのなかった*1血に拠らない継承の価値を打ち出したことで「継承」という語はより幅広い意味を含むようになったと言える。

 

更に付け加えるならば、シリーズを通しての敵メンドーサは自らが犯した罪の報いとして子孫に未来永劫受け継がれる「堕落者の烙印」を捺されたことで血による継承の道を絶たれてしまい、完全な個を目指すようになった。呪いを広めてしまう負の継承/単体で完結する個をアンチテーゼとしてラスボスに配置したからこそ正の継承がより際立つ。

 

ここで気になるのがなぜ「炎の刻印」がこのようなハイレベルな再解釈を施すことができたのかだ。インタビューなどを探ればその答えがどこかで明示されているかもしれないが、当時の雑誌にあたる時間を捻出するのも楽ではない。

そんな私の脳裏に浮かんだのが特撮版から続投し、今作でもシリーズ構成を勤めた小林靖子氏に依る部分が大きかったのではないかという考えだ。

やはり不要な解説かもしれないがメインライターの小林靖子氏は仮面ライダーシリーズやスーパー戦隊シリーズでも何度もメインライターを張り、近年ではジョジョ進撃の巨人の脚本家としても知られている名脚本家だ。

 

氏の作風を一言でまとめるなど到底不可能だが複数の作品にまたがって確認できる特徴としては、主人公が主人公であることを自明とせずに身の証を主人公自身に立てさせる展開が多いとひとまず言える。少し脱線になるが特異点の設定もあってか主人公がその特異性を失うことなく走りきった電王はかなり珍しい作品との印象がある(そして私は主人公を立てる手法は白倉伸一郎の好みではないかとにらんでいる)。

 

少し考えてみても小林作品では「侍戦隊シンケンジャー」における姫や「星獣戦隊ギンガマン」におけるヒュウガ、「仮面ライダーアマゾンズseason2」における悠(と仁)のような主人公の立ち位置を脅かす人物がつきものであることがわかる。

それを踏まえたときにアルフォンソの役回りは非常に小林靖子的だと感じられた*2

 

さて、このような主人公の立ち位置を奪いかねない人物が牙狼に導入された効果は先述した「裏側から光を当てられるお馴染みの概念」の1つ、「守りし者」に関わってくる。具体的には「黄金騎士牙狼」と「守りし者」の分離だ。これまでにも暗黒騎士などの悪の牙狼はいたが、今作ではよりラディカルに分離されていると思われる。

 

序盤のレオンは黄金騎士としてホラーとの戦いに励み、シリーズではお馴染みの魔導輪ザルバからも認められるなど名実ともに主人公として活躍していた。それが崩れるのがメンドーサとの一度目の決戦となる。

 

母親を失った心の隙をメンドーサにつけ込まれたレオンは自らを制御できなくなり、身に燻る炎で町を大火に包んでしまう。アルフォンソの活躍でどうにか正気を取り戻したものの復讐に囚われ守りし者の使命を見失った―使命を真には理解できていなかったことが露呈した―レオンに黄金騎士の資格があると考える者はいなかった。

 

黄金の鎧とザルバをアルフォンソが継ぐことでレオンは主人公の座から下ろされ、レオンは放浪の果てにのどかな村での暮らしを始める。この時期ホラーとの戦いはアルフォンソとヘルマンが担い、レオンを主人公たらしめるものは何もない。

 

単なる一市民となったレオンが送る辺鄙な村での暮らしは、大きな過失を犯した主人公が原始的な暮らしの中で癒やされていくという点でシン・エヴァンゲリオンの第三村を想起させる部分がある。しかしながらレオンを待ち受ける運命はシンジのそれよりも過酷な物だったかもしれない。

 

ある夜村をホラーが襲う。ホラーの危険性を身にしみて知っていたレオンはララとその家族に安全な場所まで向かうように指示しながら自身はホラーの噂を聞きつけ村に滞在していたアルフォンソに助けを求めるべくひたすらに走る。

 

アルフォンソを伴いホラーの元へ駆けつけたレオンだったが、ララ達は無惨にも殺されてしまう。ララを弔ったレオンは再び黄金騎士になるべくアルフォンソの前に姿を現す。

復讐の誘惑を退け真に守りし者としての使命に目覚めたレオンの気持ちを受け止めたアルフォンソはレオンとの一騎打ちで彼の覚悟を量る。戦いの末に黄金騎士の資格を取り戻したレオンはようやく「守りし者=黄金騎士牙狼」となったのだ。

 

ここまで見てきたとおり中盤までのレオンの物語は、牙狼であれば守りし者だとはいえないことをテーマにしてきた。一方で牙狼になれなくても守りし者として戦えることを示した話もある。それが8話の「全裸」。ふざけたタイトルから想像できるとおりのギャグ要素の濃い回だが、(女にだまされて)鎧も服もないヘルマンがそれでもヒーロー(守りし者)であることを表現している重要な回だ。

 

 

一度は復讐の炎としてヴァリアンテを焼いた炎の刻印が母からの祝福として、呪いを象徴する堕落者の烙印とは真逆の意味を持ってメンドーサを討つラストバトルまでよくぞ2クールにこれだけの文脈を詰め込んだと舌を巻く傑作である今作の名は牙狼史に残り続けるだろう。

 

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*1:牙狼からして零は血のつながりのない師に育てられたんだけどそこに力点は置かれていなかった印象

*2:勿論実際には作品を構成する諸要素が誰の領分に属するかを見定めることは不可能であり、ここで述べられているのはあくまでも私が受けた感じにすぎない