ようやく地雷グリコを読んだ。嘘喰いからの影響を公言してはばからない作者らしい痛快な作品だった。
アンデッドガール・マーダーファルスシリーズやガス灯野良犬探偵団では探偵とアクションを組み合わせることで嘘喰いへのリスペクトをにじませていたが、今回はとうとうギャンブルに手を出すということで高まっていた期待に不足無く応えてくれた。
既読者向けのネタバレ感想なので未読の方はブラウザバック推奨。
地雷グリコ
ネットに上がっている感想を読むとこのゲームの決め手が読めたといっている人が多い。確かにそれは重要なのだがそれ以上に重要なのは、椚先輩の理詰めの推理。地雷連鎖は決まれば強力には違いないが、起爆しないことには意味が無いためどのように初めの1つを踏ませるかが非常に重要となる。
見た目の上では圧倒的な優勢にある椚が真兎に押しつけられた二択から正解を導くためにした推理は結果からいえば「そう考えさせる」よう仕向けられた*1ものなのだが、この「捨ての推理」の密度と完成度には決め手が分かっていてもなお目を見張るものがある。
塗辺くんが立会人過ぎる。腕っ節の強さには一切触れられていないけどこれで弱かったらウソだと思う。
坊主衰弱
勝負を持ちかけた店主がイカサマを仕掛けていて、それをいかに破るのかが胆なのでミステリ的な「探偵と犯人」の構図に収まっている。
5種のゲームが収められているこの作品だが、よく見ていくと両プレイヤーが対等な立場で戦うゲームと異なる立場で戦うゲームに二分できる。このゲームは一見すると前者なのだが、イカサマの存在と出禁を巡る勝利条件の設定で巧みに立場がずらされていて、その不均衡がもたらす緊張感が読みどころになっている。
真兎、鉱田、椚のトライアングルがとても安定しているのでもし続刊があるならこの時期のスピンオフ(町の困りごと解決編)を希望する。
自由律じゃんけん
互いに次の手を見据えながら情報を引き出していく頭脳戦の面白さがここで一気に開花する。本来とても高度な戦いが繰り広げられているはずなのに、複数視点を駆使することでプレイヤーの読み合いをスリリングに読ませる技術でそれを感じさせない。
ルールを詰める中で第6の手を隠し持つことに真兎が成功した時点で半ば勝っていたというオチと勝っても負けても生徒会長の一番の目標自体は達成されるというオチの二段構えも鮮烈。
真兎が戦う前から有利だったのとは異なる更に上のレイヤーで会長は出会う前から勝っていたというのは全編通しても類のない決着だ。
オチ以前の勝負もミステリになぞらえるなら推理合戦の面白さで兎に角満足度が高かった。
実際に遊んでみたときに面白そうという意味ではこのゲームが一番。
だるまさんが数えた
坊主衰弱同様に2人のプレイヤーは異なる立場に立ってゲームを行う。
元となった「だるまさんが転んだ」ではピタリと動きを止められるかどうかや読み上げのスピードや移動速度など幾つも不確実な要素があるが、このゲームではそれらは思い切りよく捨象している。
その結果として、振り向くまでの歩数と相手との距離を詰める歩数のリソースをどう分配するかに焦点が絞られていてシンプルな印象を与える。
本来は相手の武器になるはずの並外れた聴力を逆用して偽の情報を与える痛快さもあって、対戦相手を見下している高慢な敵を倒すカタルシスは5作の中でもトップクラスか。
真兎が対戦相手の神経を逆なでするために取った「ねつ造二次創作をもとに相手の好きなキャラを語る」はあまりに効果的で変な笑いが出た。
フォールーム・ポーカー
嘘喰いでも屈指の好勝負だったエアポーカーへのオマージュが満を持し(単行本書き下ろし)ての登場ということで、それに相応しい壮絶なメタの取り合いが繰り広げられた。
両プレイヤーが互いのことを深く理解し合っているが故に、互いの策略を把握しきっている中でどう裏をかくのか、この問題に真っ正面から取り組んだ青崎有吾が描いた絵はあまりにも危ういからこそ美しい。
自分に関係が無い学校だとしても、消火器の存在を確認できたとしても学校に火を放つのはリスクが大きすぎるが雨季田絵空ならそれをやることを射守矢真兎は知っているし、射守矢真兎なら火を消し止めてくれるであろうことを雨季田絵空は知っている。
このような砂上の楼閣にも等しい推論を確信を持って進めていくことで勝負は強い蓋然性に支えられて見える。
私は読んでいてファイロ・ヴァンスが得意としたという心理学的推理を思い出したのだが、未読なので的はずれになっているかもしれない。
地雷グリコが人気となっている現状を見ると次のミステリの鉱脈はここにあるのではないかと考えることもできるのではないか。
久々に登場する塗辺くん。塗辺くんが5作中2作でしか登場していないことが信じられない。彼の審判が揺るがなかったからこそ勝負が成立したことを思えば影のMVPの称号を与えたくなる。