はぐれ者の単騎特攻

ニチアサや読書について書くはずです

2020下半期 小説ベスト10

今更2020年の話かよと自分で突っ込みたくないわけでもないけど、やりたいことをやりたいときにやるのがここの流儀、ということに今なりました。

じゃあ早速結果発表です。

 

 

ガープの世界

 原題は「The World according to Garp」。直訳調なら「ガープによればこの世界は」といったところです。この題名が示唆するように本書の主人公であるガープは世界について少々変わった見方を持っています。彼の世界(ないし人生)観は人間はやがて死にゆく存在であるという事実に強く規定されています。

 

非常に多くのサブキャラクターが出てくるのですが、しばしば彼らの死を巡る挿話が差し挟まれることでガープの世界観を補強しているようです。

 

 グッドラック戦闘妖精雪風

戦闘妖精雪風〈改〉に続くSF(speculated fiction-思弁-)小説シリーズの第二弾。前作の続きだが、一筋縄ではいかない。前作終盤で正体不明の敵であるジャムのとった新たな戦略により、「異質な知性体とどのようなコミュニケーションが可能か」という命題は重層性を帯びるからだ。〈改〉では雪風との調和にのみ心を配ればよかった深井大尉だが、ジャムの働きかけにより異質な知性体は雪風だけではなく、ジャムもまたそうであり、広い意味では身近な他者もそうなのだと気づいていく。

そして続編のアンブロークンアロー 戦闘妖精・雪風ではさらに命題が深化していく。 ではなぜアンブロークンアローではなくグッドラックがベスト10なのかと言えば、アンブロークンアローが難しいから。

 

アンブロークンアローは途中まで読んで本棚の肥やしになりかけているので〈改〉から再度読もうかなと目下検討中です。

 

 肺都

こちらは原題では「lungdon」で明らかにロンドンのもじりなのだが邦題だとそれが少々わかりにくい。もっとも一作目の堆塵館が「Heap House」のHの重ね方を漢字の中の「土」によって再現した名訳(しかも土という字は90度回すとHに近い形)だったので肺都という言葉に私が分からない意味があるのかもしれぬ。

 

さてさて、アイアマンガー三部作の三作目である今作はとてつもないカタストロフが起きます! 第一巻では架空の館がしっちゃかめっちゃかになり、第二巻では架空の街がしっちゃかめっちゃかになり、そしてとうとう……というね。

 

生まれたときに与えられた誕生の品を片時も離さずに持ち歩き、ドアよりも巨大なものを与えられてしまえばその部屋から出ることもかなわない。それが中央から恐れられているアイアマンガー一族。彼らが善悪問わずとても魅力的。

挿絵を著者であるエドワードケアリーが自ら描いているんだけど、それが凄く作品世界にマッチしていて、この小説にとって不可分であるとすら思えた。

末尾に置かれた一族の家系図を見るとヒーローが作品の枠を超えて集まったときに似た高揚感が生まれる。

 

 黒より濃い紫の国

 歴史上存在しないはずの国の名が記載された鏃の権威付けをすべき持ち出されたのは偽りの歴史を騙る二冊の書物だった。古代中国(中華圏)を想起させる世界を舞台に進む二つの物語の行方とは。

 

日本ファンタジー小説大賞を取ったこともあってジャンル分けをするならばファンタジーということになるのだろう。しかし、SFとミステリのエッセンスも然り気無く盛りこまれているあたりが現代的な小説。どう盛り込まれているかまで踏み込むとネタバレになるもどかしさよ。ただ、他ジャンルのエッセンスが作品にある種の転調をもたらし、物語が単調にならずに最後まで一気に読めたことだけは言っておきたい。

 

 黄金の王 白銀の王

ホウシュウ族とオウカ族は互いに王座を巡って対立していた。長きにわたる殺し合いは本能のように互いへの敵意を抱かせ、もはや対話は不可能。しかし、不毛な争いにより国力は減少し、外敵に抗する術もない。そんな中で二つの氏族の頭領は、手を取り合い密かに融和に向けて動き出す。

 

互いに助け合う二人の王は、相手の能力に信を置くからこそ身を焦がすほどの殺意を掻き立てられ、才能に嫉妬してしまう。そんな相手だからこそ手を取り合わねばならない。常にジレンマの中に身を置きつつも人の上に立つ者の務めを果たす二人。二人の王の歴史に決して残らない交流。

この手のどうしたってカラッとした話にはならない関係性が好きな人にはたまらない内政ファンタジーです。

 

 仮面ライダー電王 デネブ勧進帳

 記事を書いたのでこちらを参考にしてほしい。小説版ビルドはよ。

tyudo-n.hatenablog.com

今思うとジオディケやゼンカイジャーと並行、もしくはほとんど間を置かずにこれを書いていたわけで、白倉伸一郎やはりただ者じゃない。

 

ここからは余談の中の余談。

 

彼が東映の事業本部長としてスーパー戦隊ブランドを失墜させるべく暗躍しているなどの類いの陰謀論的言説がたまに聞かれるのでゼンカイジャーでは彼らをぎゃふんと言わせる結果を残してほしい。

 

 ミステリー・アリーナ

架空の推理番組の回答者たちが、徐々に解放されるテキストをもとに多額の賞金をかけて推理合戦を行う多重推理の極北。

似たような表現が重なって恐縮だがこれは多重解決ものの精華。著者である深水黎一郎が「無意味な描写の一切ない、純度100%のミステリー小説」に肉薄しようとしたという意味のことを後書きで語ったとおりの、ありとあらゆる記述が推理に使われる前人未踏の作品だ。

通常のミステリと違い推理がテキストを元に行われるのも大きな特徴。安楽椅子探偵は別として基本的には探偵はオブジェクトに向かい合うのが基本だが、本書では読者と同じ地平にたっている。だからこそ読者は推理の根拠に「わかるわかる」「確かにいかにも怪しい描写だったよな」とニヤニヤしながら読み進められる。

麻耶雄嵩がメタミステリは落とし方が難しいといっていたとどこかで読んだのだが本書については最後まで安心して読めます。

 

 魔の山

サナトリウムという舞台が良い。長期療養のために存在するこの施設は世間から隔絶している。自然時間の流れも世間よりゆっくりになるのだからこの本も旅行でもする気分でゆっくり読むのがオススメ。初めの2週間は濃密に書き込まれているが徐々に描写が省かれテンポがよくなり、カストルプの体感時間と同期しながら読めた。

セテムブリーニの喋ることの快楽を味わい尽くすような流れる弁舌も好き。

 

 ガダラの豚

 一巻ごとに雰囲気が変わる。一巻では新興宗教にはまった妻の救出劇を軸に自称霊能力者やインチキ教祖のだましの手口を奇蹟の実践からマインドコントロールまで赤裸々に暴露し、二巻ではアフリカでの日本のテレビ局の取材道中を軸に正直未だに残っているアフリカ大陸をはじめとする非先進国に住む人々への蔑視(この本が書かれたのは1994年だのに!)を丁寧に解きほぐす。

 

この物語の中でひときわ輝くのが清川くん。清川くん……。

一巻では単なるエセ超能力者だったが、二巻でよき弟分を得てからは急にいいやつに見えて、実は本当に人知を越えた力を秘めているかのような描写も出て一気に魅力的な人物に変貌して。彼には違う生き方がいくらでもあったはずで。かわいそうなんだけど哀れみたくない。

 

黄泥街

「王子光」を巡るどこまでいっても不毛な会話。汚れの中に埋没していく黄泥街。肺都もかなり汚い世界だったがもし黄泥街を読んだ後に読んでいたならばリノリウム張りの清潔な世界に見えていたはず。
 
誰もが言いたいことをいい、聞きたいことを聞く常軌を逸した世界の中で思わせぶりな「王子光」の一語が無限に反響する。
どこまでも不毛な会話に勤しんでいる姿に読んでるこっちが頭おかしくなる。
 
そんな話なのでわかりやすくレビューはできない。強烈な作品でした。