はぐれ者の単騎特攻

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アンダー・ザ・シルバーレイク 感想 あのころ僕らに必要だったこと

まずひとつ断っておくとこの記事はアンダー・ザ・シルバーレイクを見て多くの人が抱くであろう「元ネタはなんなんだろうか」「さりげなく写り込ませているアレってなに?」といった疑問を解消してくれる類いの記事ではない。その手の解説を書くには私はあまりに無知なので多くのマニアが書いた解説に付け加えられることなど何一つないからだ。
 
私が語りたいのはむしろ主人公であるサムの不格好な切実さだ。
 ロサンゼルスにある町”シルバーレイク”在住のオタク青年であるサムはさえない男である。演じるのがアメイジングスパイダーマンでピーターを演じたアンドリュー・ガーフィールドだけあって顔はハンサムだし、彼女だっているのだが醸し出される雰囲気は「非リア」のそれだ。この動画での40秒~41秒の走り方が大好き。
 
それは置いておくとして、 まずは映画の内容を動画と重複しつつも紹介しながら、アンダー・ザ・シルバーレイクの特色を伝えたい。
 

本作の視聴者はまずサブリミナルのように高速で切り替わる動物の図像に引き続き、窓ガラスに書かれたbeware the dog killer(犬殺しに気を付けろ)の文字とそれを消そうとする女性を窓ガラス越しに眺めることになる。動物の図像についてはこの文章を書いている今でもよく分からないというのが正直なところなのだが、その後のシーンについては読み取るべき意味ーこの場合は文字ーは私たちに背を向けていて、世界との間に透明な壁が存在するような作品の雰囲気をよく表していて秀逸だと思う。

 
 家に帰ったサムは彼女と家の中で過ごすのだが、ここにもやはり示唆的なシーンがあって、それがごく普通の感性を持つサムの彼女が(無意味な)鳥の鳴き声を意味のある言葉と聞き間違えるシーンだ。人間は意味をくみ取ろうとしてしまう生き物なのだという認識が描かれている。( このような作品世界では、街中にあるコンタクトレンズを宣伝する看板に書かれたI can see clearly now[今、私ははっきりと見ることができる]の文字も意味ありげなものに見えてくる。)
 
その後、近所に住むサラの家に上がり、「いい雰囲気」となるが ルームメイトが帰ってきたためにその日は解散することとなる。
翌日サラの家はもぬけの殻となっているが管理人に尋ねても「正しい手続きに沿っているのだから問題ない」と返されるどころか「お前こそ家賃を払えないようなら出ていってもらうぞ」とやり込められる始末。
 
独自にサラの行方を突き止めようとするサムはサラの家に書かれた謎めいたマークと彼女の家にいた怪しい女性の尾行などを通しシルバーレイクの暗部(アンダー・ザ・シルバーレイク)は存在するという確信を深めていく。
そんな最中にスカンクの分泌液を浴びてしまい文字通りの鼻つまみ者となってしまう。……2時間20分ほどある映画なのでこの調子で行くといつまでも終わらない。
 
このような作品で主人公となるサムはどのような人物なのか。
家賃を滞納し、退去を迫られているサムはどう考えても苦境に立たされているし、成功者とは言えそうにない。にもかかわらず持っている車は不相応な車種で、気になる同人作家に連絡を取るために書店員にお金をつかませようとし、ホームレスには嫌悪感を露にする。だからといって自分が置かれた状況を把握していないわけではないのが面白いところで友人と二人きりで話す場面では「今生きている人生はありえた人生の失敗版だと感じる」と告白している。
  
こうしたサムの不安定さは徐々に大きくなり、はじめは彼女に隠していた陰謀論を書き留めたメモの内容を、会話の流れの上のこととは言え不用意に語ってしまい彼女から距離をとられてしまう。さらにサムがとる行動の中には尾行や住居への不法侵入などお世辞にも褒められた行動とは言い難いものもある。
 
それでも私が彼を応援したいのは、彼が自分なりに世界を把握しようともがいているからだ。「あのころ僕らに必要だったこと」なんてポエミィなタイトルをつけていることからも明らかなように私は彼にそこそこ感情移入している。
 
自分には全く理解できない世界を理解するためのアプローチとしてサムは世界に埋め込まれた意味を積極的に読み取ろうとする。彼が愛読する同人誌の作者はシリアルフレークを作る会社が企画した子供向けの宝探しの地図に世界の真理を見るし、サムは多くの日本人にとってなじみ深いゼルダの伝説アメリカのヒット曲の歌詞から間違った筋道ではあっても法則を見出そうとする。
 
まあ彼が見出した「真実」が実際に世界のありようを言い当ててしまうように見えるノンストップさも本作の魅力ではあるのだが。ただ彼が見る世界の真実はあまりに荒唐無稽で私を含めた多くの視聴者はそれを額面通りには受け取れないだろう。この映画に於いては現実と妄想の境界線は非常にあやふやだ。
 
 現実とも妄想とも知れない冒険の果てにカルト集団に取りこまれたサラに別れを告げ街に戻ったサム。スカンクの分泌液の匂いは薄れることで香水の匂いへと変じ、女性を魅惑する。おそらく彼は社会から受け入れられる人間となるのだろう。今後のサムが具体的にどのような道を歩むにせよ彼にとってサラを追い求めた4日間は世界を捉えなおすためにまぎれもなく必要なものだった。
 
 
 
ただ、サムこそがdog killerであることを示唆するようなシーンもあり、究極的にはこの映画から読み取れる物語は人の数だけあるのかもしれない。
 
おまけに
陰謀論にはまる人の心理について調べるとこんな記事がヒットした。面白い話なので共有しておく(リンクを禁止する旨の文言が見当たらなかったので貼らせていただきましたが何か問題があればお知らせください)。