はぐれ者の単騎特攻

ニチアサや読書について書くはずです

悪の組織の構成員が被征服民だと楽しいし大星団ゴズマは最高

今月はライダーとプリキュアについて語ったから戦隊がらみでもなにか語っておこう。

私はヒーローと同じように、あるいはそれ以上に悪側の人間が好きなんですよね。悪役だからこそ描けるむき出しのエゴや邪悪さ、意外な人間味、矜持。こういった要素に強く惹かれます。

「悪の組織の構成員が被征服民」というパターンとその代表例について少し語ります。


戦隊では近年だとジュウオウジャーのクバルなども思い出されるが、チェンジマンの大星団ゴズマがやはり代表的だろう。

大星団ゴズマは星王バズーに率いられた軍団で宇宙の広い領域を支配している。その原動力こそが自らに抵抗する勢力のうち有能なものをスカウトまたは屈服させて支配下に置く手法だ。ギルーク司令官、副官ブーバ、女王アハメス、ゲーターなどは地球侵略の尖兵でありながらもかつてはチェンジマンと同じくゴズマに抵抗した戦士でもあるのだ。

だからこそ、敵である宇宙獣士は単なる悪としてチェンジマンに対峙するのではなく、具象化されたチェンジマンのそうであり得る末路として現れる。

一話限りの敵であっても「もし出会い方さえよければ……」と思わせられることも多く被征服民怪人のポテンシャルが伺える。

しかし、本当の意味でポテンシャルが見えるのは幹部怪人の物語性の豊かさである。

物語が進むとギルーク方面軍も多くの手駒がなくなり、征服計画にも綻びが生じる。そこで星王バズーはかつてギルークの同士であった女王アハメスを呼び寄せ、ギルークとアハメスに命がけの手柄争いを行わせる。
今作を手掛けた脚本家の曽田博久が元々学生運動家として内ゲバを見てきた(次回作のフラッシュマンの着想元が中国残留孤児なのもかなりの飛ばしかただと思う)ことをつい連想してしまう悪辣な組織管理だ。

長きにわたる勢力争いの果てに迎えた佳境では、幹部がそれぞれの末路を迎えていく。
自分のための戦いに身を投じ死んだもの、新たな生き方を見つけたもの、バズーに支配され続けたもの、すべてを失い狂気におちたもの……。
どんな生き方にも一抹の物悲しさがあるのは彼らの人生が一様に自分よりも大きなものに翻弄されたものだったからだろう。

チェンジマンではここに力を注ぎすぎたためにラスボスであるバズーとの決戦がやや淡白になった憾みこそあれクライマックスの盛り上がりはいまだに語り草だ。


この文章を通じて被征服民組織の面白さが少しでも伝わってくれれば嬉しい。